私たちはすでにアルミニウムと暮らしている
「アルミニウムに毒性はあるのか」
この疑問を持つ方は少なくありません。インターネットで検索すると、アルツハイマー病との関連を示唆する記事や、逆に「完全に安全」と断言する記事が入り混じり、何を信じればいいのか分からなくなることもあるでしょう。
私たちはアルミニウム押出成形メーカーとして、この問いに正面から向き合う責任があると考えています。都合の良いことだけを伝えるのではなく、科学的な事実と、現時点で分かっていないことの両方を整理し、読者の皆様が自分で判断できる材料を提供したいと思います。
まず、一つの事実をお伝えします。
アルミニウムは、地球の地殻を構成する元素の中で、酸素、ケイ素に次いで3番目に多い元素です。その存在比率は約8%。鉄(約5%)よりも多く存在しています。
この豊富さゆえに、アルミニウムは土壌、水、空気中の塵など、自然界のあらゆる場所に存在しています。そして、土壌から吸収されたアルミニウムは、野菜や穀類、魚介類にも微量に含まれています。
つまり、私たちは特別な食品を食べなくても、毎日の食事からアルミニウムを摂取しているのです。これは「知らないうちに危険なものを摂取していた」という話ではありません。人類は何十万年もの間、アルミニウムを含む環境の中で生きてきました。
問題は「摂取しているかどうか」ではなく、「どのくらいの量なら健康に影響がないのか」という点にあります。
許容摂取量という考え方
国際基準:PTWI(暫定耐容週間摂取量)
食品の安全性を評価する国際機関であるJECFA(FAO/WHO合同食品添加物専門家会議)は、アルミニウムについて「暫定耐容週間摂取量(PTWI)」を設定しています。
PTWI:2mg/kg体重/週
これは「人が一生涯にわたって毎週この量を摂取し続けても、健康への悪影響がないと推定される量」という意味です。
体重60kgの成人であれば、週あたり120mg(1日あたり約17mg)までは許容範囲内ということになります。
日本人の摂取実態
厚生労働省は平成23〜24年度に、日本人がどのくらいアルミニウムを摂取しているか調査を行いました。
調査結果:
| 年齢層 | 平均摂取量(対PTWI比) | 備考 |
|---|---|---|
| 成人 | 許容量を下回る | 問題なし |
| 青年 | 許容量を下回る | 問題なし |
| 学童 | 許容量を下回る | 問題なし |
| 小児(1〜6歳) | 許容量の約43% | 平均では問題なし |
すべての年齢層で、平均摂取量は許容量を下回っていました。
ただし、小児については注意が必要な点があります。菓子類や穀類加工品を多く食べる一部の小児(上位5%)では、許容量を超える可能性があることも示されました。
これを受けて厚生労働省は、2018年にパンや菓子類に使用される膨張剤(硫酸アルミニウムカリウム、硫酸アルミニウムアンモニウム)の使用基準を改正し、1kgにつきアルミニウムとして0.1g以下という上限を設けました。
食品別のアルミニウム含有量
では、どのような食品にアルミニウムが多く含まれているのでしょうか。
食品100gあたりの含有量(目安):
| 食品 | 含有量 | 備考 |
|---|---|---|
| 海藻 | 約8.5mg | 土壌・海水由来 |
| 貝類 | 約3.8mg | 海水・底質由来 |
| 魚 | 約0.2mg | 比較的少ない |
| 肉類 | 約0.18mg | 少ない |
| 野菜・穀類 | 微量 | 土壌から吸収 |
興味深いのは、アルミニウムの摂取源として最も寄与が大きいのは、自然由来の食品よりも、膨張剤を使用した菓子類や穀類加工品だという点です。つまり、バランスの良い食生活を心がけ、加工食品に偏らないことが、アルミニウム摂取量を適切に保つ上で重要です。
アルツハイマー病との関連:誤解と事実
騒動の始まり
アルミニウムとアルツハイマー病の関連が疑われるようになったのは、1970年代にさかのぼります。
1972年、カナダの研究者が人工透析を受けている患者に脳症が発生していることを報告しました。調査の結果、透析液に含まれていたアルミニウムが原因である可能性が示唆されました。これが「透析脳症」と呼ばれる症状です。
この報告をきっかけに、「アルミニウムが脳に悪影響を与えるのではないか」「アルツハイマー病の原因ではないか」という仮説が広まりました。
現在の科学的見解
この仮説について、その後50年以上にわたって研究が行われてきました。
現在の公式見解は以下の通りです。
厚生労働省:
「この因果関係を証明する根拠はないとされています」
WHO(世界保健機関)EHC:
「アルミニウムがアルツハイマー病を引き起こすことを完全には否定できないが、疾病を引き起こす根拠があるとは言えない」
JECFA(2011年):
「アルツハイマー病とアルミニウムの因果関係を証明する根拠はない」
この見解をどう読むか
ここで重要なのは、「因果関係を証明する根拠はない」という表現の意味です。
これは「安全である」と証明されたわけではありません。科学的に「完全に安全」と断言することは、どんな物質についても不可能です。
正確に言えば、「現時点で得られている科学的知見では、通常の食事からの摂取量でアルツハイマー病を引き起こすという証拠は見つかっていない」ということです。
透析脳症のケースは、血液中に直接大量のアルミニウムが入る極めて特殊な状況でした。経口摂取(食べ物から摂取)の場合、アルミニウムの99%以上はそのまま排泄され、体内に吸収されるのは約0.1%に過ぎません。吸収された分も、腎臓を通じて尿中に排泄されます。
このメカニズムの違いが、透析患者と一般の人では状況が全く異なる理由です。
金属アレルギーについて
アルミニウムと金属アレルギー
金属アレルギーを心配される方もいらっしゃいます。
事実として、アルミニウムは皮膚科で行われる金属アレルギーの標準検査(18金属パッチテスト)の項目に含まれています。つまり、アルミニウムで金属アレルギーを起こす可能性はゼロではありません。
なぜ「起こしにくい」と言われるのか
ただし、アルミニウムによる金属アレルギーの発症率は、ニッケル、クロム、コバルトなどと比較すると低い傾向にあります。
その理由の一つは、アルミニウムの表面に形成される酸化皮膜(アルマイト)にあります。アルミニウムは空気中の酸素と反応して、瞬時に薄い酸化皮膜を形成します。この皮膜が金属イオンの溶出を抑制し、皮膚との直接的な接触を軽減します。
ただし、これは「アルミニウムでは金属アレルギーが起こらない」という意味ではありません。正確には「起こしにくい」というのが適切な表現です。金属アレルギーの有無は個人差が大きいため、気になる方は皮膚科での検査をお勧めします。
食品用途での使用実績
飲料缶
アルミニウム製の飲料缶は、世界中で数十年にわたり使用されてきました。
ただし、飲料缶の内側には樹脂コーティングが施されており、飲料とアルミニウムが直接接触しない構造になっています。これは味の変化を防ぐ目的もありますが、アルミニウムの溶出を防ぐ効果もあります。
調理器具
アルミニウム製の鍋やフライパン、アルミホイルも広く使用されています。
調理器具からのアルミニウム溶出については、厚生労働省の推計で、すべての加熱調理をアルミニウム製品で行った場合でも、PTWIの約10分の1程度とされています。
ただし、酸性の強い食品(トマト、レモン、酢など)を長時間調理・保存する場合は、アルミニウムの溶出量が増加する傾向があります。こうした調理には、ステンレスやホーロー製の器具を使用することも選択肢の一つです。
食品添加物
アルミニウムは食品添加物としても使用されています。
主な用途:
| 添加物 | 用途 | 対象食品 |
|---|---|---|
| 硫酸アルミニウムカリウム(ミョウバン) | 膨張剤 | 菓子類、パン |
| 硫酸アルミニウムアンモニウム | 膨張剤 | 菓子類、パン |
| ミョウバン | 色止め剤 | 漬物(ナス、シソなど) |
| ミョウバン | 形状安定剤 | ウニ、クラゲ |
2018年の使用基準改正以降、関連業界ではアルミニウムを含まない膨張剤への切り替えが進んでおり、市販のベーキングパウダーでも「アルミフリー」の製品が増えています。
工業用途:クリーンルーム・食品工場での選定理由
アルミニウム形材は、クリーンルームや食品工場の構造フレームとして広く採用されています。
ここで重要なのは、選定理由が「アルミニウムが無毒だから」ではないという点です。
選定される理由(物理特性)
| 特性 | メリット |
|---|---|
| 錆びない | 錆による異物混入リスクがない |
| 軽量 | 組立・移設作業が容易 |
| 清掃性 | アルマイト処理面は平滑で清掃しやすい |
| 発塵が少ない | 安定した酸化皮膜により粒子の発生が少ない |
つまり、「人体に無害だから」ではなく、「錆びない」「軽い」「清掃しやすい」「発塵しにくい」という物理的な特性が、衛生環境での使用に適しているのです。
食品接触面との区別
注意すべき点として、食品工場でアルミニウム形材が使用されるのは、主に構造フレーム(設備の骨組み、作業台の脚など)であり、食品が直接触れる面ではありません。
食品が直接触れるコンベアベルトや作業台の天板には、ステンレス鋼など食品衛生法に基づく基準を満たした材料が使用されるのが一般的です。
RoHS指令への対応
電気・電子機器に関わる方から、RoHS指令への適合について質問をいただくことがあります。
アルミニウム素材そのものについて
結論から言えば、アルミニウム素材そのものには、RoHS指令で規制されている物質(鉛、水銀、カドミウム、六価クロム、PBB、PBDE、フタル酸エステル4種)は含まれていません。
表面処理による違い
ただし、注意が必要なのは表面処理です。
| 表面処理 | 六価クロム | RoHS適合 |
|---|---|---|
| 六価クロメート処理 | 含む | 不適合 |
| 三価クロメート処理 | 含まない | 適合 |
| アルマイト処理 | 含まない | 適合 |
| 塗装 | 含まない※ | 適合※ |
※塗料の成分による
「アルミニウムだからRoHS適合」と単純に言えるわけではなく、表面処理まで含めて確認する必要があります。当社では、お客様の用途に応じたRoHS適合製品の提供が可能です。ご不明な点があればお問い合わせください。
コラム:アルミニウムと植物の意外な関係
アルミニウムは人間にとっては「摂りすぎに注意が必要な元素」ですが、植物の中にはアルミニウムを積極的に体内に取り込む種があります。
代表的なのがアジサイです。アジサイの花の青色は、花に含まれるアントシアニンという色素とアルミニウムが結合することで生まれます。土壌が酸性だとアルミニウムが溶け出しやすくなり、それを根が吸収して花に届けることで、青い花が咲きます。逆にアルカリ性の土壌ではアルミニウムが溶け出しにくく、花はピンク色になります。
同じ株でも土壌のpHによって花の色が変わるのは、アルミニウムの吸収量が変化するからです。
お茶(チャノキ)やソバ、ブルーベリーなども、アルミニウムを比較的多く含む植物として知られています。これらの植物は、体内でアルミニウムを有機酸と結合させることで無毒化する仕組みを持っています。
自然界では、アルミニウムは「毒」でも「安全」でもなく、それぞれの生物が独自の方法で付き合ってきた、ありふれた元素なのです。
不安を感じる方へ:批判的な視点も大切にする
ここまで、アルミニウムの安全性について科学的な事実を整理してきました。
しかし、この記事を読んでも不安が完全には消えないという方もいらっしゃるでしょう。それは自然なことですし、批判的な視点を持つことは決して悪いことではありません。
「証明されていない」の両面性
「因果関係を証明する根拠はない」という表現は、「安全が証明された」という意味ではありません。科学は常に発展途上であり、現時点で分かっていないことが将来明らかになる可能性は否定できません。
個人差への配慮
許容摂取量は「平均的な人」を基準に設定されています。しかし、人間の体は一人ひとり異なります。
特に以下の方は、より慎重な対応が推奨されます:
- 腎機能に障害がある方:アルミニウムの排泄能力が低下している可能性があるため、体内に蓄積しやすい
- 透析を受けている方:医療機関の指示に従ってください
- 乳幼児:排泄機能が未成熟なため、成人より注意が必要
「分からないなら避ける」という選択
予防原則という考え方があります。「科学的に完全には解明されていないリスクについては、慎重に対応する」という姿勢です。
アルミニウム製の調理器具を使わない、アルミフリーのベーキングパウダーを選ぶといった選択は、個人の判断として尊重されるべきものです。
まとめ:どう付き合っていくか
アルミニウムの安全性について、この記事でお伝えしたかったことを整理します。
事実として分かっていること:
- アルミニウムは地殻で3番目に多い元素であり、自然界に広く存在する
- 私たちは毎日の食事から微量のアルミニウムを摂取している
- 国際機関は許容摂取量(PTWI)を設定しており、日本人の平均摂取量はこれを下回っている
- 経口摂取したアルミニウムの99%以上は排泄され、体内に吸収されるのは約0.1%
- アルツハイマー病との因果関係を証明する科学的根拠は、現時点では見つかっていない
注意が必要なこと:
- 小児の一部では許容量を超える可能性がある(加工食品の偏食に注意)
- 腎機能低下者、透析患者、乳幼児はより慎重な対応が推奨される
- 酸性食品の長時間調理ではアルミニウムの溶出量が増加する
私たちの考え:
「アルミニウムは安全です」と断言することは、科学的に正確ではありません。同時に、「アルミニウムは危険です」と断言することも正確ではありません。
大切なのは、「毒か安全か」という二元論ではなく、「どのように付き合っていくか」という視点です。
許容量の範囲内で、バランスの良い食生活を心がけること。不安がある方は、医療機関に相談すること。そして、自分で判断できる正確な情報を持つこと。
私たちはアルミニウム製品を製造するメーカーとして、この素材の特性を正しく伝える責任があると考えています。この記事が、皆様の判断の一助となれば幸いです。
参考資料:
- 厚生労働省「アルミニウムに関する情報」
- JECFA(FAO/WHO合同食品添加物専門家会議)評価報告書
- 国立医薬品食品衛生研究所「アルミニウムの摂取量調査」
- 食品安全委員会「硫酸アルミニウムアンモニウム及び硫酸アルミニウムカリウム評価書」
