「これ、傷ついてますけど」
納品先からの電話。
心臓が止まりそうになる瞬間です。
確認すると、輸送中に製品同士が擦れていた。緩衝材がずれて、アルミの表面に薄い線傷。
深さは髪の毛ほど。指で触ってもわからない程度。
でも、光に当てると見える。
外観部品としては、致命的でした。
私たちは毎日、傷と戦っています
押出工場の現場では、「傷をつけない」ことへの意識が徹底されています。
押出直後のアルミは、まだ温かく、柔らかい。 冷却台の上で少しでも引きずれば、傷がつく。
切断するとき、刃がブレれば傷がつく。 積み重ねるとき、間に何も挟まなければ傷がつく。 運ぶとき、ぶつければ傷がつく。
だから、すべての工程で「いかに傷をつけないか」を考えている。
養生テープ、緩衝材、専用ラック、取り扱い手順——
それでも、傷はゼロにはならない。
アルミニウムとは、そういう素材なのです。
なぜ、アルミは傷つきやすいのか
答えはシンプルです。
柔らかいから。
金属の硬さを測る指標に「ビッカース硬度(HV)」があります。
| 材料 | ビッカース硬度(HV) |
|---|---|
| 純アルミニウム(1000系) | 20〜30 |
| アルミ合金(6063-T5) | 60〜75 |
| アルミ合金(7075-T6) | 150〜160 |
| 一般構造用鋼(SS400) | 120〜160 |
| ステンレス鋼(SUS304) | 180〜200 |
| 焼入れ鋼 | 400〜700 |
数字が大きいほど硬い。
つまり、ほとんどの鉄鋼材料より、アルミニウムは柔らかい。
鉄のボルトでアルミを締めれば、アルミの座面に傷がつく。 ステンレスの工具がアルミに触れれば、アルミが負ける。 鋼材と一緒に保管して接触すれば、傷がつくのはアルミの方。
「鋼に触れたら負け」——それがアルミの現実です。
傷がつくとき、何が起きているか
金属の表面に傷がつく。これは何を意味するのか。
硬いものが柔らかいものに食い込み、表面を削り取る。 あるいは、押し込んで凹ませる。
アルミニウムの場合、表面には薄い酸化皮膜(自然酸化膜)があります。 厚さは約2〜3ナノメートル。極めて薄い。
この皮膜は、空気中の酸素と反応して自然に作られ、アルミを腐食から守っています。 傷ついても、すぐに再生する。
しかし、皮膜の下のアルミ本体は柔らかい。
硬いものが当たれば、皮膜ごと削れる。 皮膜は再生しても、削れた跡は残る。
それが「傷」です。
傷と強度——よくある誤解
「傷がついたから、強度が落ちたのでは?」
この心配をされる方がいます。
結論から言うと、通常の傷は強度にほとんど影響しません。
なぜ影響しないのか
アルミ形材の断面を考えてください。
例えば、肉厚2mmの角パイプ。
表面に深さ0.05mm(50μm)の傷がついたとして、断面積の減少はごくわずか。引張強度、圧縮強度への影響は、測定誤差レベルです。
「傷がついたから強度が落ちた」と言えるほどの影響は、通常の傷ではまず起きません。
例外はあるか
繰り返し荷重がかかる疲労部品では、傷が「応力集中点」になる可能性があります。
ただし、これは
- 傷が鋭利(Vノッチ状)で
- 高応力領域にあり
- 繰り返し荷重が長期間かかる場合
に問題になる話。
普通の擦り傷、表面の軽い引っかき傷は、丸みを帯びているので応力集中しにくい。
重要保安部品でなければ、気にするレベルではありません。
傷が問題になるのは
傷が本当に問題になるのは、強度ではなく、
- 見た目(外観品質)
- 摺動性能(摩耗、動作不良)
- 密封性能(漏れ)
です。
「傷=強度低下」という思い込みは、多くの場合、心配しすぎです。
傷が問題になるケース、ならないケース
すべての傷が問題になるわけではありません。
問題になるケース
外観部品
- 家電製品のパネル
- 建築の内装材
- 自動車の外装部品
見た目が商品価値に直結する部品では、わずかな傷も致命的。
摺動部品
- スライドレール
- ガイド部材
摺動面の傷は、動きを悪くし、摩耗を加速させる。
密封面
- Oリング溝
- パッキン当たり面
傷があると密封性能が落ち、漏れの原因になる。
問題にならないケース
内部構造材
- 見えない場所のフレーム
- 構造強度のみが求められる部品
組み立てたら隠れる面
- 壁に取り付けたら見えない裏面
- 他の部品で覆われる面
- フレームの内側
そもそも、その傷は見えますか?
ここで、根本的な問いを投げかけさせてください。
「その傷がある面、製品になったとき見えますか?」
押出形材が製品になったとき、
- 4面のうち、見えるのは1面だけかもしれない
- 組み立てたら、3面は隠れるかもしれない
- 壁に取り付けたら、裏側は誰も見ない
見えない面に、傷ひとつない仕上げが本当に必要ですか?
「全面きれい」という思い込み
お客様から「外観部品です」と言われると、全面きれいに仕上げようとする。
でも実際には、見える面は一部だけ。
見えない面にまで、
- 傷がつかないよう神経をすり減らし
- 高価な表面処理を施し
- 厳しい検査基準で判定する
これは、コストの無駄遣いです。
そして何より、心の無駄遣いでもあります。
許容範囲を決める——心の負担を減らすために
「裏側が汚いと腹立たしい」——その気持ちはわかる
わかります。
せっかく作った製品、裏側だって綺麗であってほしい。 傷があると、なんだかモヤモヤする。 「もっと丁寧に扱えなかったのか」と思う。
その気持ちは、ものづくりに真剣な証拠です。
でも、100%は難しい
アルミニウムは、柔らかい。
どれだけ注意しても、傷がゼロになることはない。 私たちも、お客様も、完璧を目指せば目指すほど、苦しくなる。
- 検査で「これは傷か?汚れか?」と悩む
- 「これくらいなら大丈夫だろうか」と不安になる
- クレームになるかもしれないと、夜眠れなくなる
完璧を求めることが、心身の負担になっている。
だからこそ、判断基準が必要
「この傷は問題か?」
その問いに、毎回悩むのは疲れます。
だから、最初から基準を決めておく。
| 面の種類 | 傷の許容 | 理由 |
|---|---|---|
| 見える面(外観面) | 許容しない | 見た目が商品価値 |
| 見えない面(隠れる面) | 許容する | 誰も見ない |
| 摺動面 | 許容しない | 機能に影響する |
| 密封面 | 許容しない | 漏れにつながる |
| 構造面(強度のみ) | 許容する | 強度に影響しない |
基準があれば、迷わない。 迷わなければ、心が楽になる。
「許容する」という勇気
「許容範囲を決める」というのは、言い換えれば、
「ここまではOKと、自分で決める」
ということです。
完璧主義を手放す勇気。 「見えない傷は、問題ではない」と割り切る覚悟。
それが、アルミニウムと長く付き合うコツであり、 ものづくりで消耗しないための知恵でもあります。
傷を防ぐ——それでも大切な取り扱い
許容範囲を決めたうえで、それでも「見える面」は守りたい。
傷を防ぐ第一歩は、取り扱いの注意です。
保管
- アルミ同士を直接重ねない(紙、フィルム、緩衝材を挟む)
- 鉄鋼材料と離して保管(接触させない)
- 立てかける場合は、倒れないよう固定する
輸送
- 緩衝材でしっかり固定(振動で擦れないように)
- 段ボールや木枠で外部からの衝撃を防ぐ
- 「精密部品」「取扱注意」の表示
加工
- 作業台にフェルトや樹脂シートを敷く
- 工具の当たり面に保護カバーをつける
- 軍手ではなく、清潔な綿手袋を使う(軍手の繊維が傷をつけることがある)
組立
- ボルト締め付け時、座面を保護する
- ステンレスボルトを使う場合、ワッシャーを挟む
- トルク管理を徹底(締めすぎによるカジリを防ぐ)
傷に強くする——表面処理という武器
取り扱いだけでは限界があります。
そこで登場するのが表面処理。
アルミニウムの柔らかい表面を、硬い皮膜で守る。
アルマイト(陽極酸化処理)
アルミニウムの代表的な表面処理です。
原理: アルミを電解液に浸け、電流を流す。 すると、表面の酸化皮膜が「成長」し、厚く硬くなる。
自然酸化膜が2〜3ナノメートルなのに対し、アルマイト皮膜は5〜25μm(マイクロメートル)。約1000〜10000倍の厚さ。
効果:
- 表面硬度が上がる(普通アルマイトでHV200〜300程度)
- 耐摩耗性が向上
- 耐食性も向上
- 染色して色をつけることも可能
硬質アルマイト
普通のアルマイトより、さらに厚く、硬く処理したもの。
皮膜厚さ:25〜100μm 表面硬度:HV350〜500(条件によってはそれ以上)
これは焼入れ鋼に匹敵する硬さです。
摺動部品、耐摩耗が求められる部品に使われます。
| 処理 | 皮膜厚さ | 表面硬度(HV) | 用途 |
|---|---|---|---|
| 普通アルマイト | 5〜25μm | 200〜300 | 外観部品、一般防食 |
| 硬質アルマイト | 25〜100μm | 350〜500+ | 摺動部品、耐摩耗部品 |
表面処理、どこに施すか
ここで重要なのは、必要な面だけに処理するという発想です。
全面にアルマイト処理をすれば、当然コストがかかる。
でも、見えない面、隠れる面にまで処理が必要でしょうか?
「見える面だけアルマイト」「摺動面だけ硬質アルマイト」
このように、面ごとに処理を使い分ければ、コストを最適化できます。
傷を「設計に組み込む」という発想
もう一つ、別のアプローチがあります。
「傷がついても目立たない」設計です。
テクスチャ加工
表面に意図的な「模様」をつける。
サンドブラスト(梨地) 細かい砂や粒子を吹き付けて、表面を均一にザラザラにする。 光を乱反射するので、傷がついても目立ちにくい。
ヘアライン 一方向に細かい線を入れる。 傷がついても、既存の線に紛れて目立たない。
なぜテクスチャが有効か
鏡面仕上げは美しい。しかし、傷が最も目立つ。
一方、梨地やヘアラインは、最初から「傷がある」状態。 だから、使用中についた傷が目立たない。
「傷を隠す」のではなく、「傷を景色の一部にする」。
これが、アルミニウムの外観設計における知恵です。
📱 コラム:スマートフォンのアルミ筐体
あなたのスマートフォン、ケースなしで使っていますか?
アルミ製の筐体を持つスマートフォンは多い。 iPhone、多くのAndroid端末——薄くて軽くて、手触りが良い。
でも、ケースなしで使っていると、いつの間にか傷だらけになっている。
ところが、不思議なことに気づきませんか?
傷がついても、そこまで汚く見えない。
これは偶然ではありません。
iPhoneを例にとると、アルミ筐体は「サンドブラスト+アルマイト」で仕上げられています。
サンドブラストで微細な凹凸をつけ、アルマイトで硬度を上げ、染色で色をつける。
この組み合わせにより、
- アルマイトで傷がつきにくくなる
- サンドブラストで傷がついても目立たない
- 染色で高級感が出る
傷がついても「味」に見える。
これは、傷を前提とした設計です。
「傷がつかない」を目指すのではなく、「傷がついても美しい」を目指す。
発想の転換です。
設計段階で決めること
傷への対策は、設計段階で決めるのが最も効果的です。
チェックリスト
1. どの面が見えますか?
- 製品になったとき、見える面を特定する
- 見えない面は、傷を許容すると決める
2. その面に何が求められますか?
- 見た目 → テクスチャ+アルマイト
- 摺動性能 → 硬質アルマイト
- 密封性能 → 傷検査を厳しく
- 強度のみ → 傷は許容
3. どこまで許容しますか?
- 検査基準を明確にする
- 「この傷はOK、この傷はNG」を事前に決める
- サンプルを作って、限度見本とする
4. 表面処理はどこに必要ですか?
- 必要な面だけに処理する
- 全面処理はコストの無駄
傷と向き合う
アルミニウムは、傷つきやすい。
これは事実です。変えられない。
でも、だからこそ、
- どこを守り、どこを許容するかを決められる
- 表面処理で必要な部分だけ硬くできる
- テクスチャで傷を景色にできる
- 判断基準を持てば、心が楽になる
弱点を知ることは、対策を知ること。
そして、許容範囲を決めることは、自分を守ることでもあります。
まとめ
- アルミは鉄鋼より柔らかい:ビッカース硬度で明確な差がある
- 通常の傷は強度に影響しない:見た目と機能の問題
- 見えない面の傷は、問題ではない:許容範囲を決める
- 全面きれいは、コストと心の無駄遣い:必要な面だけ守る
- 表面処理で守る:アルマイトで硬度を上げる
- 傷を設計に組み込む:テクスチャで傷を目立たなくする
- 判断基準があれば、迷わない:心身の負担を減らす
アルミニウムの表面は、繊細です。
でも、繊細だからといって、すべてを完璧にする必要はない。
「どこを守り、どこを許すか」を決める。
それが、アルミニウムと上手に付き合う方法であり、 ものづくりで消耗しないための知恵です。
100%を目指さない。 でも、大切なところは、しっかり守る。
そのバランスが、良い製品を生み出します。
