CERNの大型ハドロン衝突型加速器(LHC)は全長27キロメートル。粒子を光速の99.999999%まで加速し、衝突させることで、ヒッグス粒子の発見(2012年)など、物質の根源に迫る実験を行っています。
粒子ビームが通る配管には、宇宙空間よりも真空に近い状態(10⁻⁸Pa以下)が必要です。空気があると、粒子が気体分子と衝突して散乱してしまうからです。
この超高真空のビームダクトに、アルミニウム合金が採用されています。
27キロメートルの配管を一体成形できるわけがありません。実際には、数メートルの配管を繋いで構成されています。配管の両端にはフランジが溶接され、銅ガスケットを挟んでボルト締結される。メンテナンスのために取り外せる構造です。
押出成形されたアルミニウム配管と、端末に溶接されたフランジ。この組み合わせが、何キロメートルにも及ぶ超高真空システムを実現しています。
なぜアルミニウムなのか。ステンレス鋼ではなく、アルミニウムが選ばれる理由は何か。
本ページでは、真空技術の視点からアルミニウムの特性を解説します。
真空部品の製造について
本題に入る前に、真空部品の製造について触れておきます。
真空部品には、配管・ダクトのような中空長尺品と、チャンバーのような密閉容器があります。構造によって製造方法の選択肢が異なり、それぞれに利点とリスクがあります。
- 押出成形 ── 配管・ダクト類の基本的な製法。中空・長尺の形状は削り出しでは作れない
- 切削加工 ── ブロック材から削り出す。溶接なしで気密性を確保しやすい
- 鍛造 ── 大型チャンバーを一体成形できる。溶接工程を省ける
- 鋳造 ── 複雑な三次元形状を一体成形できる。ただし鋳巣のリスクがある
- 板金溶接 ── 板材を溶接して組み立てる。大型品に対応できるが、溶接品質が重要
アルミニウムの溶接は、ステンレス鋼と比べて難易度が高いとされています。酸化物や炭化物によるホール(空孔)が形成されやすく、これがリークの原因になることがあります。
真空部品の製造は、ヘリウムリークテストなどの検査設備を持つ専門業者に依頼することをお勧めします。
本ページでは、製造方法の詳細ではなく、アルミニウムという材料が持つ真空特性について解説します。製造方法と構造の関係については、後半の「構造から見た製造方法」で改めて触れます。
真空で何が問題になるのか
真空チャンバー内の気体は、大きく2つの経路から発生します。
1つは外部からのリーク。接合部やシール面から空気が侵入する経路です。
もう1つは材料からのアウトガス。材料の内部や表面から放出されるガスです。
低真空から中真空の領域では、ポンプの排気能力が十分なのでアウトガスはあまり問題になりません。しかし超高真空(10⁻⁶Pa未満)の領域に入ると、事情が変わります。ポンプで排気しても、材料から放出されるガスが真空度の「天井」を決めてしまうのです。
真空中で主に放出されるガスは、水蒸気と水素です。
高真空領域では水蒸気が支配的です。材料表面に吸着した水分子が、少しずつ脱離していきます。
超高真空領域では水素が主役になります。材料内部に溶け込んだ水素原子が、表面まで拡散して放出されます。ステンレス鋼の場合、高温でベーキングした後でも、水素の放出は長期間続くとされています。
半導体製造では、このアウトガスがウェハ表面を汚染してプロセス不良を引き起こします。粒子加速器では、残留ガス分子が荷電粒子ビームを散乱させ、実験精度を低下させます。
だからこそ、超高真空用の材料選定では「アウトガスをいかに抑えるか」が重要な課題になります。
アルミニウムが真空装置に選ばれる理由
粒子加速器でアルミニウム合金が採用される理由は、複数の特性が組み合わさっているからです。
非磁性である
粒子加速器では、荷電粒子のビームを精密に制御する必要があります。容器材料が磁性を持っていると、ビームの軌道に影響を与えてしまいます。
アルミニウムは非磁性金属です。ステンレス鋼の中にも非磁性のものはありますが、加工によって磁性を帯びることがあります。アルミニウムにはその心配がありません。
軽い
アルミニウムの比重は約2.7。ステンレス鋼(約7.9)の約3分の1です。
何キロメートルにも及ぶ配管の重量が3分の1になる。支持構造の負担が減り、建設コストにも影響します。
熱伝導率が高い
アルミニウムの熱伝導率は約200 W/m·K。ステンレス鋼(約16 W/m·K)の10倍以上です。
この特性は、ベーキング時に均一な温度分布を実現しやすいことを意味します。また、運転中の熱負荷を効率よく逃がすこともできます。
放射化後の減衰が速い
粒子加速器では、ビームの散乱などによって容器材料が放射化します。
アルミニウムは、放射化した後の放射能の減衰が速い材料です。メンテナンス時の作業者の被曝量を低減できることから、安全面でも優位性があります。
低温ベーキングで超高真空を達成できる
超高真空を達成するには、チャンバーを加熱して表面吸着ガスを追い出す「ベーキング」という工程が必要です。
学習院大学の真空技術資料によると、アルミニウム合金は適切な表面処理を施せば、120℃程度のベーキングで10⁻⁸Pa台の超高真空を達成できます。200℃まで上げれば10⁻⁹Pa台も可能です。
ステンレス鋼で同等の真空度を得るには、200〜300℃のベーキングが必要になることが多いです。
低温ベーキングが可能ということは、チャンバー内部に耐熱性の低い部品を設置しやすくなります。また、シール材の選択肢も広がります。
酸化皮膜の役割
アルミニウムは空気に触れると、表面に酸化皮膜(Al₂O₃)が自然に形成されます。
この自然酸化皮膜の厚さは約1nm(10Å)程度です。薄いながらも、化学的に安定した酸化アルミニウムの層がガスバリアとして機能します。
食品包装のアルミ箔がガスバリア材として使われているのも、この酸化皮膜の働きによるものです。
ただし、自然酸化皮膜だけでは真空用途には不十分な場合があります。機械加工された表面には、多孔質の水酸化物層が形成されやすく、これが水分を吸着してアウトガス源になります。
そこで重要になるのが表面処理です。
表面処理がアウトガスを左右する
ULVACの研究(真空学会誌, 2007年)によると、アルミニウム合金A5052の表面処理方法によって、アウトガス特性は大きく変わります。
マイクロアーク酸化(MAO)処理
マイクロアーク酸化処理は、電解液中でアーク放電を利用して酸化皮膜を形成する方法です。
この処理では、厚さ約17.6μmの結晶性酸化皮膜が形成されます。皮膜にはα-アルミナ(α-Al₂O₃)が含まれ、その下には厚さ約500nmの緻密なバリア層があります。
アウトガス量を化学研磨品と比較すると、MAO処理品は約30倍多くなります。しかし、通常のアルマイト処理(陽極酸化処理)品と比較すると、1000分の1から1万分の1に低減できます。
通常のアルマイト処理の問題点
一般的なアルマイト処理で形成される皮膜は、多孔質構造を持っています。
この多孔質構造が水分や各種ガスを吸着してしまい、真空中でアウトガス源になります。そのため、高真空・超高真空用途では、通常のアルマイト処理は適しません。
化学研磨
化学研磨は、薬液を使って表面を溶解・平滑化する処理です。
多孔質層を除去し、緻密な自然酸化皮膜を形成させることで、アウトガスを抑制できます。真空用アルミニウム部品では、化学研磨または電解研磨が標準的な表面処理として使われています。
アルミニウムとステンレス鋼の比較
真空チャンバーの材料として、アルミニウム合金とステンレス鋼はそれぞれ得意な領域があります。
アルミニウム合金が適する場面
大型で軽量化が必要な装置。冷却・加熱の応答性が重要な装置。非磁性が求められる装置。放射線環境で使用される装置。コストや納期を重視する場合。
到達真空度は、適切な表面処理を行えば10⁻⁸〜10⁻⁹Pa台が可能です。
ステンレス鋼が適する場面
極高真空(10⁻⁹Pa以下)が必要な場合。高温プロセスを行う場合。腐食性ガスを使用する場合。溶接構造の信頼性を重視する場合。
ステンレス鋼は、真空溶接の技術が確立されており、複雑な形状でも高い気密性を確保しやすいという利点があります。
構造から見た製造方法
真空部品の製造方法は、構造によって選択肢が決まってきます。
配管・ダクト類
中空で長尺の配管やダクトは、削り出しでは製造できません。押出成形が基本的な製法になります。
押出材は塑性加工のため、鋳物と比較して内部欠陥(鋳巣)が少なく、結晶粒も緻密です。端末にフランジを溶接する工程は必要ですが、溶接箇所が両端に限られるため、リスクは管理しやすい範囲に収まります。
8インチ押出機の場合、外接円200mm程度までの断面に対応できます。真空配管の標準規格であるNWフランジ(NW10〜NW50がJIS規格、NW63以上が業界標準)を考えると、多くの用途をカバーできるサイズです。
チャンバー(密閉容器)
箱型や筒型のチャンバーは、製法の選択肢があります。
削り出しは、ブロック材から機械加工で成形する方法です。溶接工程がないため、気密性の確保が容易です。小型から中型のチャンバーで採用されています。
鍛造一体成形も、溶接なしで成形できる方法です。UACJによると、液晶・半導体製造装置用の大型チャンバーウォール材では、圧延材を溶接する場合に必要となるリークテスト等の付加的費用が発生しないとされています。
押出材+溶接は、押出した筒状材の両端を塞ぐ方法です。小〜中型では有効ですが、サイズが大きくなると溶接線が長くなり、リークリスクが増加します。アルミニウムの溶接はステンレス鋼より難易度が高いため、大型では製法の選択と品質管理がより重要になります。
鋳造は、複雑な三次元形状を一体成形できます。ただし、鋳巣(内部空洞)が真空リークの原因になるリスクがあり、押出や鍛造と比較して内部の緻密さでは劣ります。
サイズが大きくなると
サイズが大きくなるほど、製造の難易度は上がります。溶接線が長くなればリークのリスクが増えます。容積が大きくなれば、わずかなアウトガスでも真空度に影響します。構造が大きくなれば、均一なベーキングも難しくなります。
異種金属接合の注意点
アルミニウムとステンレス鋼では、熱膨張係数が異なります。
両者を接合した構造では、温度変化によって接合部に応力が発生し、リークの原因になることがあります。そのため、真空装置ではできるだけ材料を統一することが推奨されています。
学習院大学の資料では「全体をアルミニウム合金製で統一した装置とするのは悪い選択ではない」と述べられています。
真空用途で使われるアルミニウム合金
A5052(Al-Mg系)
マグネシウムを添加した合金で、耐食性と溶接性に優れます。
真空チャンバーの本体材料として広く使用されています。小型の真空チャンバーから配管部品まで、汎用性の高い合金です。
A5083(Al-Mg系)
A5052よりもマグネシウム含有量が多く、強度が高い合金です。
大型の真空チャンバーや、構造強度が必要な部位に使用されます。溶接性も良好です。
A6061(Al-Mg-Si系)
熱処理(T6処理)により強度を高められる合金です。
フランジや構造部材など、寸法精度と強度が必要な部品に使用されます。
A6063(Al-Mg-Si系)
押出成形に適した合金です。
ビームダクトや真空配管など、中空・長尺の部品に使用されます。これらの形状は削り出しでは製造できないため、押出成形が基本的な製法になります。
設計・加工上の注意点
加工面の腐食に注意
学習院大学の資料では、アルミニウムの加工面について注意が促されています。
「加工面の腐食(多孔質の水酸化物膜の生成)が起こると、そこが大きな気体放出源となるので注意が必要」
機械加工後は速やかに洗浄と表面処理を行い、腐食を防ぐ必要があります。
溶接の難しさ
アルミニウムのTIG溶接では、酸化物や炭化物によるホール(空孔)が形成されやすく、これがリークの原因になることがあります。
真空用途のアルミニウム溶接には、専門的な技術と品質管理が必要です。
洗浄の重要性
切削油や指紋などの有機物残留は、アウトガスの原因となります。
真空用部品は、超音波洗浄や溶剤洗浄による徹底した脱脂が必要です。特に微細な加工痕や穴の内部に残った汚れに注意が必要です。
真空の分類
参考として、真空の分類を示します。
| 分類 | 圧力範囲 | 用途例 |
|---|---|---|
| 低真空 | 10⁵〜10²Pa | 真空パック、吸引搬送 |
| 中真空 | 10²〜10⁻¹Pa | 乾燥装置、真空成形 |
| 高真空 | 10⁻¹〜10⁻⁵Pa | 蒸着装置、電子顕微鏡 |
| 超高真空 | 10⁻⁵〜10⁻⁸Pa | 半導体製造、粒子加速器 |
| 極高真空 | 10⁻⁸Pa未満 | 先端物理研究 |
※JIS Z 8126-1:2021に準拠した分類
まとめ
アルミニウムが真空装置に採用される理由は、単一の特性ではなく、複数の特性の組み合わせにあります。
非磁性、軽量、高い熱伝導率、放射化後の減衰の速さ、そして適切な表面処理による低アウトガス特性。
粒子加速器という最先端の科学研究から、半導体製造装置、分析機器まで、アルミニウムの真空特性は幅広い分野で活用されています。
ただし、表面処理や加工方法によってアウトガス特性は大きく変わります。真空用途では、材料選定だけでなく、表面処理と品質管理を含めた総合的な設計が必要です。
参考資料
- 学習院大学 物理学科 荒川一郎「真空実験技術」 https://www.sci.gakushuin.ac.jp/global-image/units/upfiles/30506-1-20190219183646_b5c6bce2e49f9d.pdf
- ULVAC「アルミニウム合金のマイクロアーク酸化処理と真空特性」真空学会誌, Vol.50, No.7, 2007 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jvsj/50/7/50_7_468/_pdf
- UACJ「真空機器チャンバーウォール用鍛造製品」 https://www.uacj.co.jp/products/cast-forg/chamber-walls.htm
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