ボルトが抜けた。
アルミ製のブラケットに、ステンレスのボルト。
わずか2年。海風が当たる屋外設備で、アルミだけが白く粉を吹いていた。
ボルト穴は、設計時より明らかに広がっている。 指で触れると、ざらざらと崩れ落ちる。
ステンレスのボルトは、まるで何事もなかったかのように、ピカピカのままだった。
なぜ、アルミだけが溶けたのか
「電蝕」——ガルバニック腐食とも呼ばれる、異種金属接触による腐食現象。
アルミニウムは、空気に触れると瞬時に薄い酸化皮膜を作り、自らを守る賢い金属です。
その皮膜は、傷ついても自己修復する。優秀な自己防衛能力を持っています。
しかし、その優秀なアルミニウムにも「どうしても勝てない相手」がいる。
それが、電位の高い金属です。
金属には「格」がある
金属には「電位」という、いわば「格」のようなものがあります。
電位が低い金属を「卑(ひ)な金属」、高い金属を「貴(き)な金属」と呼びます。 貴金属という言葉がありますね。金や銀が「貴」なのは、電位が高く、錆びにくいからです。
そして、電位の異なる金属が接触し、そこに水分があると、電位の低い金属が溶け出して、高い金属を守ろうとする。
これが電蝕の原理です。
アルミニウムは、多くの実用金属の中で電位が低い。 鉄よりも、ステンレスよりも、銅よりも、「卑」な存在です。
だから、これらの金属と直接触れると、アルミニウムは自分を犠牲にして相手を守る。
「犠牲陽極」という設計思想
この現象を、逆に利用した設計があります。
船の底に、亜鉛の塊を取り付けているのを見たことがありますか? あれは「犠牲陽極」と呼ばれるもの。亜鉛はアルミニウムよりさらに電位が低いので、船体(鉄)の代わりに亜鉛が溶けてくれる。
亜鉛を「犠牲」にして、船体を守っているのです。
しかし、あなたの設計でアルミニウムが犠牲になっているとしたら—— それは意図した設計ですか?
電蝕は、見えないところで進行する
電蝕の厄介なところは、表面に現れる前に内部で進行することです。
表面がうっすら白く曇ってきた頃には、接触面の裏側はすでにスポンジ状になっていることもある。
冒頭のボルト穴が広がっていた例。 外から見れば「少し白くなっている」程度。
しかし内部では、ボルトとの接触面から腐食が広がり、強度が失われていた。
ある日、振動で脱落する。 荷重がかかった瞬間に破断する。
「まさか、ここが」と思う場所で、事故は起きる。
電蝕が起きやすい環境
電蝕には、金属の接触に加えて「電解質」が必要です。 簡単に言えば、水に何かが溶けている状態。
特に危険な環境
- 海水がかかる場所(塩分)
- 融雪剤が撒かれる地域(塩化カルシウム)
- 工業地帯(大気中の硫黄酸化物)
- 結露が発生する場所(温度差のある屋内外境界)
「屋内だから大丈夫」とは限りません。 結露する場所、湿気がこもる場所では、電蝕は静かに進行します。
あなたの設計は大丈夫ですか?
ここで、簡単なチェックをしてみてください。
あなたの設計に、以下のような組み合わせはありませんか?
| アルミと接触している金属 | 電蝕リスク |
|---|---|
| ステンレス鋼(SUS304など) | 高い |
| 銅、真鍮 | 非常に高い |
| 鉄(めっきなし) | 高い |
| 亜鉛めっき鋼板 | 比較的低い |
| アルミニウム同士 | なし |
ステンレスのボルトでアルミを締めている。 銅の配線がアルミのフレームに触れている。 真鍮の金具がアルミパネルに取り付けられている。
これらはすべて、電蝕のリスクを抱えています。
では、どうすればいいのか
電蝕を防ぐ方法は、大きく3つあります。
対策1:触れさせない(絶縁)
最も確実な方法は、異種金属を直接接触させないこと。
- 樹脂製のワッシャー、スペーサーを挟む
- 絶縁テープ、絶縁塗料で被覆する
- ゴムやプラスチックのブッシュを介する
「たった1枚の樹脂ワッシャー」が、10年後の事故を防ぐ。
対策2:守りを固める(表面処理)
アルミニウム側の防御力を上げる方法です。
- アルマイト処理:電気化学的に酸化皮膜を厚くする。耐食性が大幅に向上
- 化成処理:クロメート処理など。塗装下地としても有効
- 塗装:物理的なバリアを作る
特にアルマイト処理は、アルミニウムの電蝕対策として非常に有効です。
対策3:相手を選ぶ(電位差の最小化)
どうしても金属同士を接触させる必要がある場合は、電位差の小さい組み合わせを選ぶ。
アルミニウムとの電位差が小さい金属
- 亜鉛、亜鉛めっき鋼板
- カドミウムめっき(環境規制に注意)
- 同じアルミニウム合金
逆に、銅や銅合金(真鍮、青銅)は電位差が大きく、最も避けるべき組み合わせです。
🧪 コラム:なぜ「貴金属」は錆びないのか?
金、銀、プラチナ。 これらが「貴金属」と呼ばれるのは、希少だからだけではありません。
電位が高い——つまり、電子を手放したがらないからです。
金属が錆びるとは、金属原子が電子を失ってイオンになること。 電位が高い金属は、電子をしっかり握っている。だから、イオンになりにくい。だから、錆びない。
逆に、アルミニウムや亜鉛は電位が低い。 電子を手放しやすい。だから、他の金属と接触すると「お先にどうぞ」と電子を差し出してしまう。
電蝕とは、この「電子の譲り合い」が、一方的な犠牲になってしまう現象なのです。
ちなみに、金と亜鉛を接触させて海水に浸けると、亜鉛は猛烈な勢いで溶けていきます。 金を守るために、亜鉛が身を削る。
なんだか、切ない話ですね。
でも、設計者にとっては「切ない」では済まされない。 意図しない犠牲は、設計ミスです。
設計段階で考える「思いやり」
電蝕対策は、後から追加するより、設計段階で組み込む方が圧倒的に効果的です。
なぜなら、電蝕が起きやすい箇所は、たいてい「分解しにくい場所」「見えない場所」だからです。
組み立ててしまってから「ここに絶縁ワッシャーを入れたい」と思っても、構造的に入らないことがある。 製品が稼働してから「電蝕が進んでいる」と気づいても、交換が困難なことがある。
だから、設計の段階で「この金属とこの金属が接触するが、電蝕は大丈夫か?」と考える。
私たちはこれを「思いやり設計」と呼んでいます。
アルミニウムという素材への思いやり。 10年後、20年後に製品を使っているお客様への思いやり。 そして、将来メンテナンスを担当する誰かへの思いやり。
設計図面の段階で、異種金属の接触箇所に「絶縁処理」「表面処理」と一言書き込む。 その一言が、何年も先の事故を防ぐ。
知っていれば、防げる
電蝕は、知識があれば防げる問題です。
「知らなかった」で済まされる問題ではない。
でも、「知っていれば」確実に防げる。
今日、この記事を読んだあなたは、もう「知らなかった」とは言えません。
そして、「知っていたから防げた」と言える設計ができる。
それが、設計者の責任であり、誇りです。
💡 コラム:身近な電蝕——10円玉と1円玉
電蝕は、実は身近なところでも起きています。
夏場、汗をかいた手で小銭を触る。 ふと気づくと、1円玉だけが妙にくすんでいる。表面がざらついている。
海水浴に行って、濡れてもいい財布をポケットに入れたまま泳いだ。 帰ってきて財布を開けたら、1円玉が白っぽく変色していた。
そんな経験、ありませんか?
あれが、電蝕です。
10円玉は銅。1円玉はアルミニウム。 財布の中で接触し、汗や海水という電解質があると、電位の低いアルミニウムが溶け出す。
10円玉はピカピカのまま。1円玉だけがダメージを受ける。
「なんで1円玉だけボロボロなんだろう」
その答えが、電蝕だったのです。
まとめ
- 電蝕とは:電位の異なる金属が接触し、水分があると、電位の低い金属が溶ける現象
- アルミニウムは:多くの実用金属より電位が低く、犠牲になりやすい
- 危険な組み合わせ:ステンレス、銅、真鍮との直接接触
- 対策の基本:絶縁、表面処理、電位差の小さい金属を選ぶ
- 設計の心得:後から対策するより、設計段階で「思いやり」を組み込む
アルミニウムは、正しく扱えば何十年も美しさと機能を保つ素材です。
その長寿命を実現するために、「誰と組み合わせるか」に少しだけ気を配る。 それが、アルミニウムへの思いやりです。
