データセンターの進化は、冷却設計の常識すら変えつつあります。
高発熱化するプロセッサと、液冷技術の普及──。
こうした新しい流れの中でも、「空気による放熱設計」は決して終わっていません。
実際、液冷環境が導入されたサーバールームであっても、空冷とのハイブリッド運用が一般的です。
空調を含めた全体冷却設計の中では、「空気の流れを活かす構造材」が依然として求められています。
そこで改めて注目されているのが、放熱性・加工性・軽量性に優れる“アルミ押出形材”です。
本記事では、液冷時代における冷却設計の再定義とともに、アルミ形材が果たせる役割と、その活用ポイントを企業様向けにわかりやすくご紹介します。
冷却方式の変遷と、空冷の現在地
データセンターの冷却技術は、ここ10年で大きく進化しました。従来は空冷方式が主流でしたが、ハイエンドCPU・GPUの高密度実装が進んだことで、液冷(Liquid Cooling)への移行が加速しています。
特に、Open Compute Project(OCP)をはじめとする先進的な設計環境では、ダイレクト液冷(Direct-to-Chip Cooling)や浸漬冷却(Immersion Cooling)が採用され、熱源近傍からの高効率な熱移動が実現されています。
しかし、液冷が進んだからといって「空冷が不要になる」わけではありません。
OCPを含む複数の技術文書でも明確に示されているように、液冷によってもサーバールーム全体の環境制御には空調(空冷)が必須であり、冷却構成としてはハイブリッド型(液冷+空冷)の共存が基本です。
実際のデータセンター冷却構成例
冷却対象 | 冷却方式 | 素材構成の傾向 |
---|---|---|
プロセッサ直下 | ダイレクト液冷 | 銅・ステンレス等の耐腐食材料 |
構造・筐体周辺 | 空気冷却・室内空調 | 放熱性・軽量性に優れたアルミ形材 |
ラック全体・空間制御 | 吹き出し・吸気ファン、ダクト | アルミ+樹脂等の複合構造体 |
つまり、「サーバー本体は液冷」「筐体やシャーシは空冷」といった部位ごとの冷却分担が明確に求められるようになっているのです。
このように、液冷の進化は空冷の終焉を意味しません。
むしろ、“空冷の高度化”という新たな課題が生まれているのです。
そこで求められるのが、「空気の流れ」を活かし、構造的にも熱拡散を支える──軽く、熱をよく伝え、設計自由度の高い素材。
それこそが、アルミ形材です。
空冷設計におけるアルミ形材の役割と強み
液冷技術の発展により、サーバー冷却のアプローチは多様化しました。
しかし、「空気による放熱」が担うべき領域は、依然として確かに存在します。
ラック全体、シャーシ、構造部材など、冷却液が直接触れない部位において、熱を拡散させる“構造としての放熱”は、空冷が果たすべき重要な役割のひとつです。
このような環境下で、アルミ押出形材は他の素材にはない特長を発揮します。
放熱性と軽量性を両立した、空冷向け素材の筆頭
アルミニウムは、熱伝導率に優れるうえ、密度が低く非常に軽量です。
これは、機器の軽量化や搬送効率、設置の柔軟性といった“設計全体の合理化”にもつながります。
たとえば、以下は代表的な金属素材との比較です。
素材 | 熱伝導率(W/m·K) | 密度(g/cm³) | 加工性 | 備考 |
---|---|---|---|---|
銅 | 約398 | 8.96 | △ | 非常に高価かつ重い |
アルミ6063 | 約201 | 2.70 | ◎ | 軽量・成形性に優れる |
ステンレス | 約16 | 7.93 | △ | 耐腐食性に優れるが放熱性は低い |
上記のとおり、アルミ形材は“放熱性能×軽量性”のバランスが非常に優れていることが分かります。
押出成形による自由な形状設計が、冷却設計の自由度を広げる
アルミ形材の真価は、押出成形によって複雑な形状を一体成形できることにあります。
- 放熱フィンを含む複合断面
- 中空構造による強度・熱拡散の両立
- マウント機能や配線通路との統合
これにより、「構造材+放熱材+設計自由度」を一体で実現でき、機構設計の自由度が格段に広がります。
表面処理で対流・放射の熱移動も強化
さらに、アルミ形材は各種表面処理によって、対流性と放射性の向上が可能です。
表面処理 | 放射率(目安) | 主な効果 |
---|---|---|
黒アルマイト処理 | 0.8〜0.9 | 放射率向上(自然空冷に最適) |
ブラスト処理 | 0.2〜0.4 | 表面積拡大による対流促進 |
熱放散塗装 | 0.7〜0.9 | 対流+放射向けに調整可能 |
適切な表面処理を施すことで、単なる金属部材以上の“放熱ユニット”としての機能性を備えることができます。
用途に応じた素材適合性の考え方
どれほど優れた素材であっても、「すべての場面に使える万能素材」は存在しません。
それはアルミ形材においても同様です。
冷却設計において最も重要なのは、“用途ごとに最適な素材を選ぶこと”
つまり、「どこに」「どんな目的で」「どんな環境下で使うか」によって、素材の適性は大きく変わるということです。
アルミが活きるのは、“空気と触れ合う場所”
アルミ形材が活きるのは、主に以下のような領域です。
- 空気を介した冷却構造(自然空冷・強制空冷)
- ラックや筐体など、熱の拡散が求められる構造部材
- 空調ダクトや通風経路の熱制御部材
- 設置制限のある場所での軽量構造設計
これらは冷却液が直接触れない環境であり、熱を“逃がす・広げる”という拡散的な役割が主となる領域です。
アルミ形材の高い熱伝導性と軽さ、自由な断面設計が、まさにこの要件と合致します。
接液環境では、慎重な材質選定が求められる
一方一方で、冷却液と直接接触する部位においては、材料選定にはより慎重な判断が必要です。
OCP(Open Compute Project)の資料では、素材によって冷却液との相性に差があり、腐食などのリスクがある場合には、事前の試験や評価が不可欠とされています。
たとえば、「Material Compatibility in Immersion Cooling」ドキュメントでは、材料と冷却液の組み合わせを実験的に評価する方法が記載されており、使用の可否は「個別のケースに応じて判断すべき」とされています。
このように、接液部では腐食耐性の高い材料(例:ステンレスや特殊合金)が選ばれることが一般的ですが、これは明確な「推奨」ではなく、「評価に基づいた判断」が求められるということです。
熱を運ぶ、身近な例で言えば…
たとえば、焼き芋をアルミホイルで包んで焼くと、驚くほど中までホクホクになります。
これは、アルミが熱を効率よく全体に伝えてくれるから。
空冷構造におけるアルミ形材も同様に、風が当たる部分だけでなく構造全体に熱を拡げる“役者”としての働きが期待されています。
アルミ形材は用途を適切に見極めることで、素材としての価値を最大限に引き出すことが可能です。
私たちは、こうした素材の特性に基づき、お客様の製品設計に役立つ情報と選定の視点をご提供しています。
アルミ形材を活かす設計の工夫
アルミは、ただ熱をよく通すだけの素材ではありません。
“押出形材”という特徴を活かした断面設計によって、その放熱性能はさらに引き出すことができます。
熱は「素材の性能×構造の工夫」で効率的に制御できます。
ここでは、設計段階で知っておきたいアルミ放熱設計の要点を整理します。
断面形状による熱の“流れやすさ”を高める
アルミ形材では、ベース(熱源に接触する部)から放熱フィンに向かって効率よく熱を広げる構造が重要です。
押出形材であれば、下記のような工夫が可能です。
- ベース厚みの最適化:熱源からの熱を無駄なくフィンに伝えるために、過不足のない厚み設計が求められます。
- 内部リブ構造の活用:放熱面積を増やしつつ、構造強度も高められるリブ設計は一石二鳥。
- 中空構造の活用:軽量化しながら放熱面積を稼ぐ設計にも向いています。
フィン設計は“空気の通り道”が命
放熱フィンの役割は、表面積を増やして空気との熱交換を促進すること。
フィン設計においては、以下のような要素が重要になります。
設計項目 | 効果 | 注意点 |
---|---|---|
フィン高さ | 表面積が増加し放熱性向上 | 高くしすぎると熱の伝導効率が低下する可能性 |
フィン間隔 | 空気の流れを確保 | 狭すぎると通気性が悪化、広すぎると表面積が減少 |
フィン厚さ | 剛性・加工性に影響 | あまりに薄いと強度や加工性に課題が生じる |
フィン形状 | 波型・ピン型など多様な工夫が可能 | 気流条件に応じた最適化が必要 |
たとえば、自然空冷では8〜10mm程度、強制空冷では2〜5mm程度の間隔が一般的な目安とされています。
表面積を“稼ぐ”ための複雑形状設計
押出形材の魅力は、一体成形で複雑な断面を実現できることにあります。
単純な放熱フィン構造に留まらず、マウント機構や構造部品としての機能も同時に持たせることで、設計の合理化と性能向上を両立できます。
さらに、フィンの角度や配置を気流方向に最適化すれば、“見た目以上の放熱効果”を生み出すことも可能です。
シミュレーションがなくても“基本原則”で設計はできる
CFD(熱流体解析)によるシミュレーションは理想的ですが、すべての現場で導入できるとは限りません。
しかし、ここまで紹介したような基本原則を押さえることで、経験則に基づいた十分実用的な設計が可能です。
ポイントは、「熱が流れるルートを明確に描くこと」
素材、断面、接触部、周囲の空気──それぞれの“熱の通り道”を減らさず、抵抗なく伝えることが設計の要です。
活用事例:空冷環境で活きる、放熱素材としての可能性
空気の流れに熱を乗せる──
その静かな営みを支える部材は、決して主役ではありませんが、システム全体の信頼性に深く関わっています。
ここでは、私たちの素材が活躍しているいくつかの場面をご紹介します。
サーバー筐体・ラック構造
ファンやダクトといった動的な冷却装置だけでなく、構造そのものが放熱に貢献する設計が求められるようになっています。
たとえば、軽く、加工性が高く、自然放熱に適した素材でシャーシを構成することで──
- 製品全体の軽量化と施工性の向上
- 通気や排熱を意識した断面構造の一体形成、または嵌合品で形成
- 表面処理による放射熱の強化
これらが自然と実現されます。構造部材が“熱の通り道”として機能する、そんな考え方が徐々に広がっています。
ヒートスプレッダ・冷却フィン
サーバー内部の電源モジュールや小型制御部──
スペースの限られた箇所では、複雑な形状と高い熱伝導性を両立する素材が重宝されます。
押出加工によって、
- 高さ・厚さ・間隔を自由に設計した冷却フィン
- 一体成形による熱抵抗の少ない構造
- 必要最小限のボリュームで、最大限の放熱性能を確保
形状で放熱する、という考え方がここでは重要になります。
LED照明、通信機器、屋外設置機器
情報通信の世界だけでなく、熱を扱うさまざまな分野で、同じような性能が求められています。
- LED照明筐体:コンパクトさと放熱性の両立が寿命と光量を左右する
- ネットワーク機器:静音性やメンテナンス性から、ファンレス設計が進んでいる
- 屋外設置装置:温度変化や直射日光にさらされる中でも、自然空冷が前提となる
こうした用途では、放熱性能だけでなく耐候性や形状の柔軟性もポイントになります。
熱を受け取り、静かに手放す。
過剰に主張することなく、それでも確実に機器全体の信頼性に貢献する素材──
そうした立ち位置で選ばれている理由があります。
設計のためのチェックリスト
──冷却設計に“アルミ素材”を使う前に確認しておきたいこと
構造材のひとつとして、放熱効果を持つ素材を選ぶ際には、単に「熱を伝えやすい」だけではなく、設置環境・形状・加工・表面処理などの要素を多面的に捉える必要があります。
以下は、空冷設計を行うにあたり、検討段階で確認しておきたい項目を整理したチェックリストです。
熱設計に関する基本項目
- □ 発熱源の出力(W)と、許容温度範囲を明確にしている
- □ 熱の経路(伝導 → 対流・放射)を整理し、ボトルネックを把握できている
- □ 空気の流れ(自然対流か強制空冷か)を設計に反映している
- □ 放熱対象の周囲環境(温度、風速、取り付け位置など)を把握している
素材選定に関する視点
- □ 必要な熱伝導性能と重量、コスト、耐久性のバランスを検討済み
- □ 加工性(形状自由度、厚み、フィン構造)に合った素材かどうか
- □ 表面処理による放熱性の向上を検討している(例:黒アルマイトなど)
- □ 接液が発生しない使用環境であることを確認済み(空冷設計である)
形状・構造設計に関する要点
- □ 熱源の接触面積と放熱フィンの表面積が十分に確保されている
- □ フィン高さ・間隔・厚みのバランスが取れている(気流条件に合っている)
- □ 一体成形または分割構成による、合理的な取り付け方法が確保されている
- □ 製造時・実装時のバラツキを考慮した設計になっている
実装・長期使用への配慮
- □ 汚れ・埃・酸化など、長期使用時の劣化要因を想定している
- □ 清掃・メンテナンス性に配慮された配置と構造になっている
- □ 材料のリサイクル性や、処分時の環境負荷も意識している
まとめ──空冷という選択肢に、もう一度目を向ける
液冷技術が進化を遂げるなかでも、空気を使った冷却設計は確実に生き残っています。
むしろ今は、“構造そのものが熱を逃がす”という新たな課題と可能性が見えてきています。
アルミ押出形材は、その加工性、軽量性、そして放熱特性によって、空冷構造の中核を支える素材のひとつです。
放熱経路の設計、対流や放射の最適化、そして形状の工夫─
こうした基本を押さえることで、素材の力は機器全体の信頼性へとつながります。
加えて、マイクロチャネル冷却や相変化材料との組み合わせなど、新しい放熱技術との融合も始まっています。
“空冷の終わり”ではなく、“空冷の再構築”。
その現場に、私たちの素材が静かに貢献できることを願っています。